瓦礫の中のギズナ
- Takeshi Kimishima
- 12 分前
- 読了時間: 3分

防災の日に因んで、関東大震災の混乱の中で、少年が出会った野良犬と共に母との再会を果たす物語をお届けします。
『灰の中の絆』
1923年9月1日、関東地方を襲った大震災。東京の街は一瞬にして炎と瓦礫の海に変わった。6歳の少年、健太は、母と一緒に市場へ買い物に出かけていたその時、突然の揺れに襲われた。地面が唸り、建物が崩れ落ち、人々の叫び声が響き合う中、健太は母の手を離してしまった。
「母さん! どこ!?」健太は声を大に叫んだが、煙と埃で視界はほとんどない。市場の木造屋台は倒れ、火の手が迫っていた。パニックの中で、健太は逃げ惑う人々に押され、母とはぐれてしまった。恐怖と孤独に震えながら、彼は瓦礫の山の隙間にうずくまった。
その時、かすかな足音が聞こえた。顔を上げると、そこには痩せた野良犬が立っていた。毛は汚れ、目には鋭い光があったが、どこか優しげな雰囲気を漂わせていた。犬は健太を見つめ、低く唸るでもなく、そっと近づいてきた。
「君は誰?」健太は恐る恐るつぶやいた。だが、犬は健太の服の裾を軽くくわえ、ぐいと引っ張った。まるで「ついておいで」と言っているかのようだった。火の手が近づく中、健太は直感でこの犬を信じることにした。「わかった、行くよ…!」
犬は健太を導き、燃え盛る通りを避けながら、狭い路地や崩れた塀の間を巧みに進んだ。時折、犬は振り返り、健太が遅れていないか確認するように鼻を鳴らした。やがて二人は、隅田川近くの広場にたどり着いた。そこは避難所として人々が集まり、比較的安全な場所だった。健太は息を切らしながら、犬の頭を撫でた。「ありがとう…君、すごいな。」
広場では、負傷した人々が助け合い、家族を探す声が響いていた。健太は必死で母の名を叫んだ。「お母さん! どこにいるの!?」 だが、混乱の中で母の姿は見つからない。疲れ果てた健太は、犬のそばに座り込み、涙を流した。犬は静かに健太のそばに寄り添い、温かい体で彼を励ますように鼻をすりつけた。
数時間後、夕闇が迫る中、遠くから聞き覚えのある声がした。「健太! 健太、いるの!?」 健太は飛び起きた。「お母さん!」 声のする方へ走ると、そこには涙を流しながら健太を探す母の姿があった。二人は抱き合い、互いの無事を喜んだ。母は健太が犬に導かれてここまで来たことを聞くと、涙を流しながら犬を抱擁した。「あなたが健太を…ありがとう、本当にありがとう。」
その夜、避難所で母子は犬をそばに置き、毛布を分けあった。犬は静かに横になり、初めて安心したように目を閉じた。健太は母に言った。「母さん、この子、命の恩人だね❣️名前は…『キズナ』ってどうかな。だって、この子が僕のお母さんとの絆を繋いでくれたんだ。」 母は微笑み、うなずいた。「いい名前ね。ギズナ、これからもよろしくね。」
大震災から数ヶ月、母子は焼け跡に小さな仮住まいで、復興に向けて歩み始めた。ギズナは家族の一員として、健太と一緒に瓦礫を片付けたり、近所の子どもたちと遊んだり。ある日、健太はギズナに新しい首輪をつけながら言った。「お前がいなかったら、僕は母さんに会えなかったかもしれない。これからも一緒に、強くなろうな。」 ギズナは尻尾を振って、元気に吠えた。
東京は大震災から少しずつ立ち直り、笑顔が戻り始めた。母子とギズナは、どんな困難も乗り越える力を、互いに与え合っていた。灰色の瓦礫の中から、絆の光は確かに輝いていた。
コメント